喜んでいる感覚を知ろう

こんにちは、こんばんは、おはようございます。




TOMMYくんでございます。




今日はちょっと小話をしようかなと思います。




最近の悩みは、感覚を言語化して伝える時の歯がゆさ。

それは、すでに伝わったこととすることで、受け取れる幅を広げて、体現することで伝わりやすくなりました。





例えば、僕が今よく伝えている臨場感は、「喜んでいる状態」です。この、喜んでいるという様子を伝えようとした場合に、言葉の意味として捉えられてしまうことが多々あるじゃないですか。




「喜んで受け入れるんだよ」

って言語化して伝えるとすると、まず、喜ぶがなにかわからない人もいて、喜ぶとは何かと思考させてしまう。つまり結果的に気づきを遠回りさせてしまうことになる可能性を含む方法論という位置ずけに定めて、少し気にかけていました。






僕は、喜んでいる状態を伝える時には、「阿波踊り知ってる???」って酷似している臨場感を与えるようにしています。




あのリズム。

裏でリズムを取っている ビート ですね。




ーーーーーーーーーーーーーーーー

今ちょっと、

阿波踊り   で検索してみてください。

そして、動画をタップして。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






このリズムから感じる感情が喜んでいる状態に近いです。(ちなみにサンバ、この間のサンバも同じ系)




【楽しんでいる。】

神や七福神が可愛らしく楽しんでいるかのような光景が見えてくるかもしれません。




僕ね、もっと感覚で伝わればと常々思っていたので、すごい惜しい!!という気持ちもこれによって和らぎました。




だからぜひね、喜んでいる状態を伝えようと思った時には、何かこう、阿波踊りのリズムでもいいですし、何か参考になる資料があればそれを与えてもいいなと思いました。




喜びを伝えるには、喜んでいる状態になること。


その感情で一番近いのを探していてふと思いました。




言葉ではくて、感覚として捉えてほしいから、感じてもらう他はないわけで、結果いつもできるだけ、十分に近いくらい喜びを表現するということになる。





言語が発達しすぎてしまったことは変えられないから、もう少し感じる性能が戻ってくるように、そうなればもっといろいろ楽なのになと思ってもいます。




スマホとか本当はいらんからね。

携帯なくてもいけるけんね。笑




言語のスタートは、インナーで会話していたわけですよ。




つまり、原始人のあなたが自分から”何か”をまず感じて、フンガフンガ言いながら、「これは、、、喜び」と認識した。この喜びを誰に伝えたいですかと聞かれて、あなたは、「ニューヨークにいる父と母に」と答え、フンガフンガ言いながら、ニューヨークの父と母に会いに言った。



(ニューヨク付近で久しぶりの再会)

「父ちゃん、母ちゃん、喜びを知ったよ!!」


と言葉で伝えるも、父と母は「喜びって何??それ美味しいの??」と言って、”喜び”が何かわからない様子。




あなたはフンガフンガ言いながら困る。

そこで、あの時の自分を思い出し再現することにした。




すると、自分の中から同じ”何か”を感じる。これをどう伝えようかと悩み結論を出す。




「踊ろう。この胸の感覚と共に踊ろう!!」

すると父は言う。



「お、喜んでるね??いいことあったのか??フンガフンガ。なんか楽しいな」



〈《伝わった》〉



そんな時期があったわけです。



その感覚になることを方法として採用して、意図的に使い、表現方法としたことで、他者との交流も発達した。




感情を伝えるのは本当に大変なことだけど、僕が一番丁寧にエネルギーを注いでいる瞬間です。



喜んでいる状態ってみんなどう伝えてるの???



僕は、阿波踊りのリズムというか、お祭りの音楽とか、それらが近いとしています。現実化の基本である、自分とその創造物との結びつきを喜んで受け入れる姿勢。の喜ぶというところの感覚の話。



言葉ではなくて、言葉以外で伝わればきっとみんなの達成も早まる。




そんな気分。

そんな記事。







Kikokoro = Private Hyper Healing

ある日、目を覚ますと体に乗っていた。一体であったあの時の感覚のまま激動の時代を生き抜いた彼は、ネオヒューマン。

0コメント

  • 1000 / 1000